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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)273号 判決

アメリカ合衆国

カリフォルニア州、フラートン、ハーバー・ブールバード 2500

原告

ベックマン・インストルメンツ・インコーポレーテッド

代表者

ウィリアム・エイチ・メイ

原告訴訟代理人弁護士

品川澄雄

片山英二

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 植松敏

被告指定代理人

横田和男

後藤晴男

松木禎夫

主文

特許庁が昭和61年審判第18412号事件について平成元年7月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外ハーコン・トリグブ・マグヌセン・ジュニア(以下「マグヌセン」という。)は、昭和52年12月20日、名称を「流体ポンプ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1977年1月21日、アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和52年特許願第153490号)をしたところ、昭和61年5月8日、拒絶査定があったので、同年9月8日審判を請求し、昭和61年審判第18412号事件として審理されたが、平成元年7月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年9月6日、請求人に送達された。なお、出訴期間として90日が附加された。原告は、平成元年12月27日、マグヌセンから上記特許出願にかかる発明についての特許を受ける権利を承継し、同日、その承継を、特許庁長官に届け出た。

2  本願発明の要旨

背圧に対抗して流体を配給するための流体ポンプ装置において、背圧に対抗して流体を配給すべく室(14)内を滑動可能とされたピストン(12)と、前記室内で排出行程および充填行程を生じせしめるべく前記ピストンを往復運動させるための駆動装置(20)と、排出行程の実質的部分における前記ピストンの速度がほぼ一定の速度となるように前記駆動装置を制御するための制御装置(76)と、充填行程の開始および終了を決定し且つ前記充填行程における前記駆動装置の速度を速くするための探知部材(77)と、を備え、前記制御装置(76)が、充填行程が終了してから排出行程の前記実質的部分が開始されて流体が排出されはじめるまでの間のポンプアップ中の前記ピストンの速度を排出行程の前記実質的部分における該ピストンの速度に対して速めるように制御するためのポンプアップ装置(138)を有している、流体ポンプ装置。

3  本件審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載の通りと認められる。

(2)  これに対して、審判手続において昭和63年9月7日付けで通知した拒絶理由中で引用した米国特許第3985021号明細書(以下「第1引用例」という。)には、背圧に対抗して流体を吐出するためのポンプ装置であって、背圧に対抗して流体を排出すべくポンプ室144内を滑動可能とされたピストン154と、ポンプ室144内で排出行程及び充填行程を生じせしめるべくピストン154を往復運動させるための駆動装置(ステツピングモータ52等)と、排出行程におけるピストン速度がほぼ一定の速度となるように前記駆動装置の速度を制御するための制御装置と、充填行程における前記駆動装置の速度を排出行程における速度よりかなり大きい速度wFとするための制御装置と、充填行程の開始及び終了を検知し且つ前記充填行程における前記駆動装置の速度を大きくするための探知部材とを備え、排出行程に対して充填行程を時間的に短縮することによりポンプの排出流の脈動を減少させるようにしたものが記載されている(以下、この記載を「記載A」という。)とともに、同じく第1引用例には、その第14図、第15図(本判決別紙引用図面(1)参照)及びそれらについての明細書中の説明を特に参照すると、前記記載Aのものを改良する例として、ピストン154が最大後退位置にあり入口弁174が閉じる点(下死点)312を過ぎてから後、即ち前記充填行程の終了後においても、排出行程のほぼ実質的部分が開始される角度位置(314)(第14図におけるこの位置は第15図の流量パターンからみて排出行程のほぼ実質的部分が開始される位置に当るものと認められる。)まで、前記充填行程における大きな速度(周波数f0)をステツピングモータ52が維持するように制御されており、角度位置314を過ぎると、比較的小さい速度(周波数f1)とし、その速度で狭い角度を変位し、その後、約90°の範囲を更に小さい速度(周波数f2)で変位させ、排出行程の実質的部分の大部分がステツピングモータ52の前記の周波数f1及びf2に対応する速度で行われるようになっているものが記載されており(以下、この記載を「記載B」という。)、また、同じく引用したJOURNAL OF CHROMATOGRAPHY第130巻(1977)第29~40頁(以下「第2引用例」という。)には、液体クロマトグラフイにおいて、シリンジポンプの排出側の圧力が使用圧力に到達するために必要な時間を短縮するために、その使用圧力になるまでピストンを高速で駆動してポンプの流量を大にし、使用圧力になると所定の流量になるようにピストン速度を下げることが記載されているものと認める。

(3)  本願発明と第1引用例の記載Aのものとを比較すると、両者は、背圧に対抗して流体を配給するための流体ポンプ装置において、背圧に対抗して流体を配給すべく室内を滑動可能とされたピストンと前記室内で排出行程および充填行程を生じせしめるべく前記ピストンを往復運動させるための駆動装置と、排出行程の実質的部分における前記ピストンの速度がほぼ一定の速度になるように前記駆動装置を制御するための制御装置と、充填行程の開始および終了を決定し且つ前記充填行程における前記駆動装置の速度を速くするための探知部材と、を備えたものである点で一致しており、本願発明は、制御装置が、充填行程が終了してから排出行程の前記実質的部分が開始されて流体が排出されはじめるまでの間のポンプアツプ中の前記ピストンの速度を排出行程の実質的部分におけるピストンの速度に対して速めるように制御するためのポンプアツプ装置を有しているのに対して、記載Aのものはそのような構成を具備していない点で相違している。

(4)  そこで、前記相違点について検討すると、第1引用例の記載Aのものも、排出行程に対して充填行程を時間的に短くしてポンプによる排出流の脈動の減少を図るものである以上、そのことは、換言すれば、排出行程において実際に流体がポンプから排出される時間即ち「実質的部分」の時間を長くすることを潜在的に意図するものであり、その限りにおいて本願発明の目的に沿うものといえる。そして、記載Bのものも、前記の如く、駆動装置の速度を周波数f1、f2に対応するように制御することは、排出行程の「実質的部分」のピストン速度を比較的小さく且つできるだけ一定にすることを意図するものであると同時に、充填行程を含む前記大きな速度(周波数f0)は、結局は、ピストンの全作動時間における、実際に流体が排出されている時間(「実質的部分」の時間)の割合を大きくするために採用された速度であるということができ、記載Bにおけるほぼ「ポンプアップ」部分に相当する部分(この種のポンプにおいて、その排出行程のはじめに「ポンプアツプ」部分があることは当然且つ周知である。)でも採用されている駆動装置の前記大きな速度(周波数f0)は、その部分におけるピストンの速度についても、駆動装置が排出行程の全部分を「実質的部分」と同じ速度で回転するのに比してかなり速められたものとすることが明らかであり、この速められたピストン速度に関し、第1引用例の明細書の直接の記載は、ピストンを死点位置から迅速に移動させるためであるとしているが、そのことが、本願発明と同様に、ピストンの全作動時間のうちで、「実質的部分」以外の時間を短縮して脈動を抑制することに役立つことも前記目的から明らかであるというべきであるから、記載Bには、本願発明と同様の目的を有するポンプにおいて、ほぼ「ポンプアツプ」部分におけるピストンの速度を速め、その部分におけるピストンの作動時間を短縮することが開示されているということができ、これを、記載Aのポンプ装置の「ポンプアツプ」の部分に適用して、その部分のピストン速度を速めるようにすることは、それによる効果にも格別のものがなく、当業者が容易に想到することができたものと認めるべきである。更に、第2引用例には、それが本願発明のように脈動の抑制に直接関与するものではないが、少なくとも、ポンプの排出圧力が所要の圧力に達するまでの時間を短縮するために、その間のピストン速度を、それ以後の所要のピストン速度より速めるという技術思想が示されており、しかも、記載Bにおける前記速められたピストン速度が、第1引用例の第14図と第15図を対比し精査すると、排出行程のほぼ「実質的部分」が開始されると認められる位置314の少なくとも直前においては、「実質的部分」におけるピストン速度よりも速くなっていることも推認される。してみれば、本願発明のように、ポンプアツプ中のピストン速度を、単に速めるだけでなく、「実質的部分」におけるそれよりも速いものとする点も、容易になしうる程度のことであるというべきであり、その効果も、ポンプアツプ中のピストン速度を単に速めることによる効果と同質であって格別のものとは認められない。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載されたものに基づいて容易に発明をすることができたものであるとするのが相当であり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、第1引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)についての認定を誤り、引用発明と本願発明との相違点を看過し、また、第2引用例に記載された技術は、本願発明が解決しようとする課題とは関係のないものであるのに、誤ってこれが関係ありとして、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載されたものに基づいて容易に発明することができたとしたものであって、取消を免れないものである。

(1)  取消事由1(第1引用例の認定の誤り)

ア 審決は、引用発明につき、「第1引用例には、その第14図、第15図及びそれらについての明細書中の説明を特に参照すると、・・・・・ピストン154が最大後退位置にあり入口弁174が閉じる点(下死点)312を過ぎてから後、即ち前記充填行程の終了後においても、排出行程のほぼ実質的部分が開始される角度位置(314)(第14図におけるこの位置は第15図の流量パターンからみて排出行程のほぼ実質的部分が開始される位置に当るものと認められる。)まで、前記充填行程における大きな速度(周波数f0)をステツピングモータ52が維持するように制御されており、角度位置314を過ぎると、比較的小さい速度(周波数f1)とし、・・・」(本件審決の理由の要点(2))と述べている。ここで、排出行程とは、ポンプ装置において室内をピストンが排出方向に前進する行程を意味し、排出行程の実質的部分とは、排出行程のうち室内から実際に流体が排出されている部分を意味し、また、充填行程とは室内をピストンが充填方向に後退する行程を意味すると考えられる。即ち、室内をピストンが往復するに応じ、充填行程と排出行程が繰り返されるが、排出行程は流体が未だ排出されない部分と実際に流体が排出される排出行程の実質的部分とに分かたれることになる。

イ 以上のように、審決は第1引用例について、排出行程の実質的部分が開始される位置を「第15図の流量パターンからみて」第14図における角度位置314であると認め、排出行程におけるそれ以前の部分(位置312から位置314までの部分)において大きな速度(周波数f0)が採用されているから、第1引用例においては、ほぼ「ポンプアップ」部分に相当する部分におけるピストンの速度を速めることが開示されていると結論づけているが、何故このように認められるのか、その根拠を欠くものといわなければならない。即ち、第15図は、横軸に時間を、縦軸に単位時間当たりの流体の流量をとっているから、排出行程の実質的部分が開始される位置は、第15図においては、放物線上の曲線が下から上に横軸と交わる点であると考えざるを得ない。この点以降流量がプラスとなっており、実際の排出が開始されている反面、この点以前においてはグラフ上、流量はマイナスとなっているので、流体は充填されていると思われ、そうだとすると、第14図におけるこの点に対応する位置は、充填バルブが閉じる位置と説明されている312の位置となるからである。一方、一般に「ポンプアツプ」部分の長さは、ポンプの容量、流体の種類等によって大きく異なるから、第15図は、「ポンプアツプ」部分が実質的にゼロになっている場合とみなければならない。そうだとすると、大きな速度が採用されている部分は、「ポンプアツプ」部分に対応しない。

なお、ポンプから流体が排出されるために、流体の排出が行われるまで、ピストンが少し移行すること(ポンプアツプ)を必要とすることが周知であることは認める。

ウ 引用発明は、ピストンをクランク機構により駆動する場合に生ずる脈動流の問題を解決しようとした発明である。即ち、クランク機構においては、モータの回転はクランクの腕を通じてピストンに伝えられ、ピストンの往復運動となる。この場合、ピストンの速度は数学的には正弦関数で表され、室内から排出される流体の単位時間当たりの流量は、ピストンの速度に比例するから、流体の排出は、典型的な脈動を生じてクロマトグラフィによる測定に深刻な悪影響を与えることになる。引用発明は、このような脈動を防ぐため、排出行程においてはピストンを一定の速度で前進させることを眼目とし、モータの回転速度をクランクの腕の位置に従い変化させているのであって、排出行程中にポンプアップの部分と実質的部分の区別があることも、ポンプアップの部分をどのように取り扱うかについては全く触れられておらず、これらのことは、本来、第1引用例の発明者の念頭にはなかったと考えられる。

エ このように、審決は、第1引用例には、「ポンプアップ」部分においてピストンの速度を速めることが開示されていないにもかかわらず、これがあると認定しており、誤っているといわなければならない。

(2)  取消事由2(第2引用例の適用についての判断の誤り)

審決は、「第2引用例には、それが本願発明のように脈動の抑制に直接関与するものではないが、少なくとも、ポンプの排出圧力が所要の圧力に達するまでの時間を短縮するために、その間のピストン速度を、それ以後の所要のピストン速度より速めるという技術思想が示されており、」(本件審決の理由の要点(4))「本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載されたものに基づいて容易に発明をすることができたものであるとするのが相当であり、」(同(5))と述べている。しかし、審決も認めるように、第2引用例はシリンジポンプに関するもので、シリンジポンプにおいては、クロマトグラフィの測定は、ピストンのただ1回の前進により完了されるから、本願発明が解決すべき課題としている排出流体の脈動はそもそも生じない。クロマトグラフィの測定をピストンの1回の前進により完了するためには、シリンジポンプのシリンダ中に大量の溶媒が存在しなければならず、このため装置を所定の圧力にするまでに相当の時間がかかる。第2引用例においては、この時間を短縮しようとすることが記載されているが、これは、本願発明のように、ピストンの往復により排出流体に脈動を生じ得るポンプ装置において、脈動を防ぐため、ピストンの往復運動の各部分におけるスピードをコントロールしようとする発明とは、全く無関係と言わざるを得ない。更に、第2引用例では、ピストンの速度を速め排出圧力を高めている間も流体はポンプから排出されており、「ポンプアツプ」の間は流体が排出されずにポンプ内部の圧力を高める本願発明とは異なる。

従って、本願発明が第2引用例に基づいて容易に発明できたとする審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(本件審決の理由の要点)は認める。

2  原告の主張する審決を取り消すべき事由のうち、「排出行程」、「排出行程の実質的部分」、「充填行程」及び「ポンプアップ」の意味について認め、その余を争う。

(1)  第1引用例17欄14行から18欄9行の記載には、同引用例第15図(別紙引用図面(1)参照、以下同じ)が同第14図の行程構成から生ずる流体流量を詳細に説明しているものであるとしているから、第14図と第15図とは相互に対応するものである。同記載には、「第15図に示されている短い充填期間を得るために周波数f0は比較的にかなり高い。」、「ステッピングモータが最初にf0に対応する速度で回転し続けることにより送出行為が始まる。」及び「点314でクランク軸はパルス入力周波数f1で定められる回転速度で回転し始めて短い角度変位をする。」とあり、このことから少なくとも、ピストンを駆動するモータが、充填行程の終了後も、点314に到るまで他の部分における周波数(f1、f2)よりもかなり高い周波数f0に対応する速度で回転し、点314でf0に比較して小さい周波数f1に変わることが明らかである。そして、往復運動ポンプにおいては、充填時にシリンダ内の圧力が低下しているために、ピストンの往復運動が充填行程から排出行程に移行してもシリンダ内の圧力が瞬時に上昇するものではなく、ポンプから流体が排出されるためには、ピストンは、右低下した圧力がポンプの排出側の圧力(背圧)以上に上昇して流体の排出が行われるまで、少し移行すること(ポンプアップ)が必要なことは極めて周知の事項である。

(2)  上記各事項を前提にして、第1引用例の第14図及びそれと対応する第15図を精査し、これを別紙参考図について説明すると、同第2図のA部に正確には同第3図に示すようにA1-A2の排出量のない行程部分即ち「ポンプアップ部分」が存在するものと解すべきである。そして、同第2図において流体が実質的に排出されている部分に表されているB点の大きな流量は、〈1〉角度位置314近傍のピストンの大きな速度、〈2〉一般に静止している流体が背圧に打ち勝って流動を開始するときに一時的に大きな流量状態が現われること、〈3〉流体の慣性による反応の遅れ、〈4〉制御の追従遅れに起因して一時的に発生する不可避の現象とみるべきであり、少なくとも、その位置は時間的に「実質的部分」の開始時に極めて近いものと考えられる。逆に、本願発明も、「実質的部分」の開始時におけるピストン速度の変更によってもたらされる流量についてみると、同様の現象が生ずるものと考えられる。また、別紙参考図の第2図のC点は、角度位置314におけるピストン速度の減少(f0-f1)に起因するものであるが、その位置は、右の理由で遅れがあるために、時間的には、角度位置314と正確に対応するものではない。更に、第1引用例は、f0を大きくして充填時間をできるだけ短縮すると同時に、排出量を可及的に一定とし、脈動の防止を図ることを目的とするものであり、排出量を一定にするためには、当然のこととして、実際に排出する流体の流量、即ち「排出行程の実質的部分」における流量を一定にしなければならない訳であるから、「実質的部分」が開始されてもなお大きな周波数f0を維持することは、それにより大きい流量部分を意図的に生じさせることになり、右の第1引用例の目的と矛盾することである。以上のことから、審決は、第14図における角度位置314を排出行程のほぼ実質的部分が開始される位置であるとするものであり、その認定に誤りはない。

(3)  本願発明は、その実施例がカムでピストンを駆動する形式のものになっているのに対して、第1引用例は、その実施例がクランクでピストンを駆動する形式のものについて説明されている。しかし、往復動ポンプにおいてその排出流体の脈動に直接関与するものは、ピストンの速度であって、その駆動機構ではない。カムもクランクもピストンを両死点位置間で往復動させる基本的機能において両者に差異はない。

(4)  審決が第2引用例を引用した理由は、同引用例にポンプの排出圧力が所要の圧力に達するまでの時間を短縮するために、その間のピストン速度をそれ以後の所要のピストン速度より速めるという技術思想が示されていることから、ポンプの排出圧力が所要の圧力に達するまでの時間を短縮するために、その間のピストン速度をそれ以後の所要のピストン速度より速めるという点を認定判断するために留まるものである。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

2  審決取消事由1(第1引用例の認定の誤り)についての判断

(1)  本願発明の課題と解決手段

成立に争いのない甲第2号証によれば、本願発明の課題とその解決手段は、次のとおりであることが認められる。

ア  液体クロマトグラフィにおいて液体サンプルを送り込むには、液体に圧力を加えなければならないが、その際、圧力を加える部材例えばポンプに高い背圧が生じ、さらに、このようなポンプは、通常ポンプ室内部のピストンの動作に起因して脈動を生じ、溶質の分析が不正確になることがあった。このような問題を解決するため、従来の装置は、ポンプの出力側にパルス吸収装置を設けたり、オーバーラツプカム手段を備えた二つのピストンを設けたり、流れをフィードバツクするポンプ、圧力をフィードバツクするポンプを使用したりしていた。しかし、これらの機構は効果的でなく、また、構成が複雑であるため故障しやすい欠点があった。

イ  そこで、このようなポンプ装置から送り出される流体に脈動をできるだけ生じさせないようにするためには、ポンプ装置内を往復運動するピストンの流体充填行程を排出行程の時間に比べて短くすればよいことになる。即ち、充填行程におけるピストンの速度を排出行程におけるピストンの速度に比べて速くすればよい。そのためには、ピストンを往復運動させるための装置がピストンの速度を適宜変化させることができるようにする必要がある。

ウ  ところで、ポンプ装置の室内に流体を充填するためのピストンの充填行程の終了後であっても、該室内にある流体がピストンによって実際に室内から排出されるには、ピストンは、更に一定時間、流体を排出するために必要な動作

として室内を移動しなければならない。本願発明は、この動作を「ポンプアツプ」と名付け、ポンプアツプ動作中は、実際には流体が排出されていないのであるから、この動作中もピストンの移動速度を速くすることに着目し、その構成を流体の排出行程の実質的部分におけるポンプ装置のピストンの速度がほぼ一定の速度となるようにピストンを往復運動させるための駆動装置を制御するための制御装置と、充填行程の開始及び終了を決定し、かつ、充填行程での駆動装置の速度を速くするための探知部材とを備え、前記制御装置が、充填行程の終了後排出行程の実質的部分の開始(流体の排出の開始)までの間即ち「ポンプアツプ」中のピストンの速度を排出行程の実質的部分におけるピストンの速度より速めるように制御されるものとなっている。

(2)  引用発明の目的と構成

成立に争いのない甲第3号証によれば、第1引用例には、次のとおりの記載があることが認められる。

ア  「本発明の背景」として「本発明の目的は、・・・往復ポンプを用い、しかもそれに連通するクロマトグラフイカラムに非常に均一で比較的変動しない流量を供給する高性能液体クロマトグラフイの装置を提供することである・・・」(甲第3号証3欄7行以下、訳文5頁9行以下)。

イ  特許請求の範囲として、「・・・連続的な往復行程の間前記往復吸送出手段を駆動する原動手段、該原動手段の対応する往復行程の間中前記原動手段の回転速度を制御し各連続的な往復行程のあらかじめ定められた小期間の間あらかじめ選択された平均回転速度を生ずる速度制御手段、及び前記連続的な往復行程の間中前記回転速度を制御するため前記速度制御手段を前記吸送出手段と同期させる手段とより成ることを特徴とする液体クロマトグラフ装置」(甲第3号証22欄54行以下、訳文40頁5行以下)。

ウ  「好適な実施例の説明」として、「・・第14図は、本発明に従って装置が使用されている第14図の行程構成から生ずる流体流量を詳細に説明している第15図と同時に参照される。第14図を考察するとまず第1にクランク軸の仮定した回転方向が反時計回り方向であることに気づく、・・・こうして回転の初期基準線は軸線310である。この軸線はクランク軸が前述の位置にあるとき、その経過時間が第15図に記載されているため零時間点を表しているとも考えることもできる。第14図に示されているクランク軸の回転サイクルの間基本的に3つの異なった平均回転速度が利用されている。これら回転速度をステツピングモータ52に供給されるパルス繰返し周波数と関連させることによって、吸込行程期間を通して固定周波数f0が使用されるということが指摘される。これはその図表上のf0に対応する大きな角度の間、クランク軸56の回転速度が一定であることを意味する。第15図に示されている吸込期間を短くするため周波数f0はかなり高い。・・・第14図のX軸上にある点312はピストン154の最大後退点と入口弁174が閉じる点とをあらわしている。ステッピングモータが最初にf0に対応する速度で回転し続けることによって送出行程が始まる。この目的は、ピストンを死点位置から迅速に移動させることである。点314でクランク軸はパルス入力周波数f1で定められる回転速度で回転を始めて狭い角度変位をする。その後モータがパルス周波数f2その後周波数f1の入力パルスによって定められる大きい速度の比較的短い期間の第3の回転が行われる。点316ではすでに述べたのと同一目的のため最も高い周波数f0のパルスの印加によって高速の回転駆動が再開される。しかし、点310で吸込行程が開始されるけれども入口弁174は、実際には短期間318の間開かない。第15図の319で示されているこの遅延の目的はすでに述べたように溶媒の減圧と応力を加えられた機械部品に弛緩とを可能とすることである。」(甲第3号証17欄14行以下、訳文30頁2行以下)

エ  「図面の簡単な説明」として、「第23図は本発明の作動に関連する幾つかのパラメータの間の関係を説明するタイミングダイヤグラムである。」(甲第3号証7欄34行以下、訳文12頁8行以下)、第23図には、充填行程の開始位置を0度とし、その際のモータの速度は、最大のf0で、その速度は、回転位置が180度を過ぎて、ピストンが排出行程に入っても続き、小期間経過後に初めてやや小さい速度f1に落とされ、その後、更に、最も遅い速度f2に落とされ、ピストンの排出行程の終了前に、再びf1の速度となり、液体の排出の終了と共に最大速度のf0に戻る旨の図示。

(3)  審決の認定についての判断

審決は、第1引用例に「その第14図、第15図及びそれらについての明細書中の説明を特に参照すると、第14図において、ピストンが最大後退位置にあり、入口弁が閉じる点(下死点)312を過ぎてから後、すなわち充填行程の終了後においても、排出行程のほぼ実質的部分が開始される角度位置(314)まで、前記充填行程における大きな速度(周波数f0)をステツピングモータ52が維持するように制御されており、角度位置314を過ぎると、比較的小さい速度(周波数f1)とし、その速度で狭い角度を変位し、その後、約90度の範囲を更に小さい速度(周波数f2)で変位させ、排出行程の大部分がステツピングモータ52の前記の周波数f1及びf2に対応する速度で行われるようになっているもの」(本件審決の理由の要点(2))が記載されていると認定し、この記載には、本願発明の「ポンプアツプ部分におけるピストンの速度を速め、その部分におけるピストンの作動時間を短縮することが開示されているということができ」(同(4))ると判断しているので、この点について検討する。

ア  前掲甲第2号証及び第3号証によれば、第1引用例は、本願発明と同様、液体クロマトグラフイにピストンを用いて流体を供給するに際し、排出流の脈動を防止することを目的とし、これを達成するため、次のような構成を採用している。即ち、ピストンを動かすステツピングモータの速度を3つに区分する。ピストンの最大前進位置(第14図の310の位置、以下、特に示す場合のほか位置を示す数字は、同図のものを指す。)を0度とした場合、充填行程はこの時点から始まるが、ステツピングモータの速度は、それより18度前の位置(316)から最大のf0となっている。しかし、入口弁は、0度の位置から30度過ぎた位置に至って開く。充填行程は、180度の位置(312)で終了するが、ステツピングモータの速度は、なお、f0の最大速度を保ち続け、更にピストンが25.2度進んだ位置(314)に至って、f1の速度に落とされ、この位置から更に25.2度進んだ点からは、f2の速度に落とされ、そのまま90度進んで、再び、f1の速度をとり、先の位置(316)に戻る。このピストンの動きに応じた流体の充填、排出の状況を第14図、第15図及び第23図(本判決別紙引用図面(2)参照)との対比においてみると、ピストンの充填行程は、310の位置において開始されるが、この時点においては、流体の充填は実際には開始されず、310の位置から30度進んだ位置(第15図の319の位置)に至って充填が開始される。その後、流体の充填がされるので、流量は、図面上マイナスとなり、この状態は、ピストンが312、即ち、充填行程の終了の位置(180度の位置)に来るまで継続する。この充填行程終了、即ち、排出行程の開始の位置から、流量は、急激にプラスに転じ、ピストンが314の位置(略別紙参考図第2図B)に至るまで増加する。この時点から、流量は、急激に減少し、別紙参考図の第2図Cの位置において一旦は少し増加に転ずるが、全体として、316の位置に至るまで脈動即ち流量の増減の少ない排出がされることとなる。

イ  このように認定できるのは、第1引用例では、第15図において、流量は、ある時点(別紙参考図の第2図Aの点)においてマイナスからプラスに急激に変化するが、このような変化はピストンが依然として、速い速度f0で動いている結果であるとしか考えられないこと、次に、第23図においては、ピストンの移動の全行程を充填行程と排出行程に分けてはいる(同図326参照)が、流体の移動に関しては、ピストンの移動とは別個にこれをを吸込行程と送出行程とに分け(同図330参照)、これをモータの速度と対応させていること、また、第14図と第23図とを対比すると、第14図の312は、ピストンの180°の位置を示すから、第23図では、180°の位置であり、314の位置は、312から25.2°過ぎた点であるから、第23図では、モータの速度がf1に落とされる点であり、第14図において、314の位置から25.2°進んで、速度がf2となる点は、第23図においても、速度がf2になる点に相応すること、そして、これらの点を第15図と対比し、モータの速度を考慮に入れ、更に、その位置関係を明確にするため、別紙参考図の第2図上にその位置を示すこととすると、312の位置は略A、314は略B、314から25.2°進んだ位置は略Dとなり、23図上のモータ速度がf0からf1に落とされるのは、Bを過ぎてCに至る付近から始まると認められることによるものである。

ウ  これらの点からみて、第1引用例は、流体の排出中の一定の期間は、ステツピングモータの速度を遅くし、流量の増減を少なくして、脈動を少なくする一方、この間の時間を長く持続させようとしている。他方、〈1〉充填が開始される前の実際に入口弁が開くまでの間〈2〉流体の充填中、及び〈3〉充填行程の終了後、排出行程の開始直後の排出量が急激に増加する期間は、ステツピングモータの速度を速くしてこの時間を短くしようとするものであることが明らかである。

そうとすると、第1引用例には、充填行程の終了後、排出行程の開始後であっても、ステツピングモータの速度を速くするという技術の開示はあるが、この間は、既に認定したところから明らかな通り、流体の脈動が比較的少ない期間が開始する以前ではあるが、流体そのものは急激に排出されることになっているのであって、この間を充填行程は終了しているが、まだ排出の実質的部分が始まる前、つまり、まだ、実際に流体の排出が開始される前の期間と同視することはできない。従って、第14図につき、ピストンが312の位置を過ぎ、314の位置に至って始めて排出行程の実質的部分が開始されると認定した審決の判断は誤っているものといわなければならない。

エ  もっとも、被告は、第1引用例の第14図および第15図を精査すると、別紙参考図の第2図のAの部分には、同第3図のA1-A2の排出量のない行程部分即ち「ポンプアツプ」部分があると主張し、ピストンが充填行程から排出行程に移行した後であっても、実際にはポンプから流体が排出されない「ポンプアツプ」の期間があることが周知であることは、当事者間に争いがない。そうすると、第1引用例においても、充填行程終了後もピストンの速度を速めているのであるから、審決が認定するとおり、「ポンプアツプ」部分においてピストンの速度を速めていることになる。

しかし、本願発明は、「ポンプアツプ」を特に取り上げて、その期間中におけるピストンの速度を速めるという技術思想が開示されているのに対し、第1引用例に示された構成においては、たまたま、結果的に、「ポンプアツプ」期間中もピストンの速度が速くなっているにすぎない。特に、第1引用例においては、ピストンが充填行程に入って後、入口弁が開くまでの間(第14図の318の区間)について、この間が充填行程であるが流体の充填がされない旨を断っているのに、充填行程終了後、排出行程開始後であっても流体が実際に排出されない「ポンプアツプ」部分について何ら触れることがないのは、この部分を解決すべき課題として取り上げようとは意識していないものということができる。

従って、第1引用例には、「ポンプアツプ」中にピストンの速度を速めるという技術思想が開示されているということはできず、審決がいうように第1引用例の記載から容易に想到することができたとはいえない。結局、原告の審決取消事由1は、理由があるということができる。

3  審決取消事由2(第2引用例適用についての判断の誤り)についての判断

審決が、「第2引用例には、それが本願発明のように脈動の抑制に直接関与するものでないが、少なくとも、ポンプの排出圧力が所要の圧力に達するまでの時間を短縮するために、その間のピストン速度を、それ以後の所要のピストン速度より速めるという技術思想が示されており、」(本件審決の理由の要点(4))とまた、「本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載されたものに基づいて容易に発明をすることができたものであるとするのが相当であり、」(同(5))と述べていることは、当事者間に争いがないのでこの点について検討する。

成立に争いのない甲第4号証によれば、第2引用例には表題として、「液体クロマトグラフィーのシリンジポンプにおける圧縮性の影響についての実験による評価」(甲第4号証29頁、訳文1頁)と、また「操作圧に達するのに要する最初の時間を減らすために、ピストンの流量をステツプモータードライブによって可能な最大流量(990ml/時)まで段階的に迅速に上げることができる。・・・通常モードとfast-pumpモードの両方を備えたポンプシリンダーの加圧性の比較をFig6に示す。通常モードでは、加圧性は式8で予測される指数関数的に上昇し、定常状態になるのに9分かかる。fast-pumpモードでは、定常状態の圧力の95%まで加圧するのに15秒かかり、その時点でfast-pumpのボタンを解除する。」(甲第4号証35頁、訳文1頁)との記載があり、Fig6(甲第4号証35頁)には、縦軸にポンプシリンダーの圧力が、横軸には、時間が示され、それぞれ、fast-pumpモードと通常モードの場合の操作圧に達するための時間が上記の記載の通りであることを示していることが認められる。従って、第2引用例においては、加圧操作の当初から、流体の流量を上げることにより、クロマトグラフイの操作圧に達する時間の短縮を解決の課題としていることが明らかである。一方、前掲甲第2号証及び既に認定したところによれば、本願発明は、「ポンプアツプ」部分即ち、ピストンの充填行程が終了した後であって、排出行程に入ってはいるが、流体を排出するためにピストンがさらに移動する動作が行われていて、まだ液体が実際には排出されていない期間においてピストンの速度を速め、以て、その後における流体の脈動を生じさせないようにするものであることが明らかである。してみれば、本願発明が解決しようとする課題は第2引用例には存在しないのであるから、この第2引用例によって、その解決課題が異なる本願発明を容易にすることができたということはできない。

4  以上のとおり、審決は、第1引用例についての認定を誤り、その結果、引用発明と本願発明との相違点を看過し、また、第2引用例に記載された技術は、本願発明が解決しようとする課題と関係がないのにこれを誤り、本願発明は、第1引用例及び第2引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたとしたものと誤って判断したものであって、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消しを免れない。

よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

引用図面(1)

〈省略〉

引用図面(2)

〈省略〉

参考図

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